2021-03-08 本屋にて

起きがけの午前五時にこれを書いている。ここ数日は頭を空っぽにして過ごしていた。おかげで、けっこうスッキリした気がする。ARIAは、公開初日の朝イチに見に行ったのだけど機材トラブルの影響で上映が中止になってしまって結局まだ見ていない。エヴァについては、公開される現実感が未だにない。行こうと思えば行く時間はあるのだけど、何となく気分が乗らない。たぶんもうちょっと時間が経ってから見に行くのだと思う。

 

池之端を歩いていて見つけた、古書ほうろうという小さな古本屋がすごくいい場所だったので、それについて詳しく書いておく。不忍池の西側にある古本屋で、やたらと目立つ二つの高層マンションの裏側の路地に位置していると覚えると分かりやすい。本郷通りの方からアクセスする際には、無縁坂か、あるいは暗闇坂を下っていくとたどり着ける(どっちの坂も名前がやたらかっこいい)。

店内は落ち着いていて、とても居心地のいい雰囲気。そのような空気感は、実はなかなか簡単に作り出せるものではないと思う。個人店において客が心地よく過ごせるかどうかを決定するのは何かということを考え出すととてもたくせんの要素を挙げることができるが、個人的に最も重要でまた決定的だと感じるのは、店主と関係性だ。店主と客が同じ場所で同じ時を共有していながらも、同時に各々が独立して不干渉であるという感覚。それは言わば「家族」の間で起きるような感覚なのだけど、それこそが「at home」的な居心地の良さに浸るための必要条件であるように思える。その点について、この店は配慮がよく行き届いていた。

店舗内の空間に奥行きがあり、客はそこに身を置くことで店主の視線から解放される。そのための手法が、人間の身の丈を越える高さの本棚で空間を仕切るような強引なやり方ではなく、もっと自然でさりげないしつらえの仕方だったのも気持ちがよかった。仕切りの棚は背が低いものが使われており、また店舗全体の細長い形状を生かして、空間ごとにゆるい分節が設けられていた。それから、店内にはパイプ椅子がいくつも置いてあり、客は本棚から本を手に取り椅子に座って、ゆっくりと中身を確かめられた。一方で、この椅子に座るとレジとの間にある棚より低い場所に客が姿を隠す形になり、防犯上あまりよろしくないようにも思える。しかし、それでも敢えて椅子を置いているのは店主の客に対する信頼なのかもしれない。

店主は何をしていたかと言うと、お気に入りのレコードをかけて、作業をしながらそれを聞いている様子。その音楽は店内のBGMにもなっていた。どうやらこの店主は音楽に対する拘りがあるようで、それは店内に置かれたレコードやCD、また音楽関係の書籍からも感じ取ることができた。ただ集まってきたものを雑多に置いているのではなく、売るものを吟味してジャンルごとに配置しているような印象だ。また、常連客との会話を聞いていると、店主ののんびりとした人柄が伝わってくるような気がして、それも楽しかった。

上に書いたことはとんだ見当はずれで、本当は店主が監視カメラでばっちり見張っていて信頼も配慮もへったくれもないのかもしれない。けど、ともかく私はこのようなことを想像したわけである。それくらいの、のんびりとした素敵な店だった。金曜日に偶然立ち寄り、すっかり気に入ってそのまま何時間も過ごし、またその翌日にもやって来てしまった。同情心をくすぐるような寂れた小さな個人経営のお店も、知識欲をかき立てるインテリ風のお店も、それぞれ良いところがあって嫌いではないが、この店はそれらとは違った不思議な魅力があるように感じた。また、お店とはモノを売りモノを買う場であるが、もっと本質的なところでは、人と人が繋がる場でもあるのだなあと改めて思った。

 

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買ったものの紹介もしておく。右が『日本ロック&フォークアルバム大全』という音楽之友社から1996年に刊行された本。68年から79年までの日本のロック、フォークの作品を取り上げた書籍だ。初めに100枚の名盤を詳しく紹介し、さらに600枚以上の作品について記述を行っている。メジャーからアングラまで手広く選出していて、またレビューも良質なものが多く、真っ当なガイド本であるという印象。そして、左の二冊が槇文彦の『記憶の形象』。建築家である著者の都市についての思考をまとめたもので、ちょっとレアなものなのだが、上下巻あわせて2000円という比較的お買い得な値段で売っていたので、買ってしまった。結構長いからとりあえず気が向いたときにつまみ読みしようと思う。