音楽のレビューについて考えていること

何で音楽の感想を書くのかということについてぼんやり考えた内容を、思考の整理として箇条書きで記す。

サブカル界隈

大学に入って近い趣味を持つ人間が周りに現れて以降は、音楽を聞くという営みの中に、他人との関係性が入り込んでしまったのに嫌気がさしてきたというのがある。

一人だった頃は、ネットの人たちのブログやツイッターを見て音楽を知ることはあっても、好きな曲の感想を言い合う機会などはあまりなくて、音楽を聞くという行為において自分一人の中で完結する部分が大きかった。それが、大学入学以降は軽音サークル界隈的なところとの繋がりが出来たために、音楽鑑賞というものの質が少し変わった。一例として極端なものを挙げるなら、この曲のリンクをツイートすればいいねをもらえるだろうな、と思って投稿してしまうみたいな感じ。そういう「見られ」の意識みたいなものが自分の中にあることがすごく気持ち悪くて、本当に嫌になる。もちろん、自分の好きなものを他人と共有できる環境というのは、すごくありがたいし、それはそれで大事にしたいと思うけど、昔のピュアな体験の仕方も忘れたくなくて、そのために「個」の意味合いの大きいブログという場を利用している。昔から他人のブログを読むのが好きだったというのも影響している。

・どの側面から書くか

音楽についての記述は、ざっくり分ければ、以下の三つのようになると思う。一つ目はコードやリズムなどの音に対する客観的・理論的な形容、二つ目はジャンルや影響などの文脈の話、三つ目は、それを聞いたときの感じ方やその音楽に関する自己の体験。

理論的な形容や文脈については分かる範囲で触れながら、三つ目の体験に関するところを大事にして文章を綴ることができればなあと思っている。

・自分語り

上で書いたように、自分はあくまで、感じ方や体験に関することを重視して、言ってみれば「自分語り」として文章を書いてきたと思っていて、これからもそうするつもりだ。だからこそ、音楽に対してできるだけネガティブなことは書きたくなくて、ポジティブな言葉をたくさん並べるようにしている(そもそもあまり好きではないモノは取り上げない)。ただ、それだけだと嘘になってしまう場合は、否定的な言葉を用いる必要があるのかとも思っている。「愛情の裏返し」と言うと、自衛のためのズルい言葉にもなってしまうかもしれないけど、時にはネガティブな言葉を用いることも必要かもしれない。

数字や点数は分かりやすい指標として有効だけど、点数をつけるのはそもそもあんまり好きじゃないし、それによって言葉の価値が失われてしまうのが嫌だから、今後も付けることはないと思う。あと、後で感じ方が変わって評価を変えたくなった時に、点数を変えるのは恥ずかしい。

 ・「聞く」と「聴く」

この二つの感じの意味するところは違う(らしい)が、使い分けるのも面倒なので、「聞く」の方に統一したいと最近は思っている。

 

おわり