報告と決意表明

今自分が置かれている状況と、今の自分の思いをきちんと書いておくことにする。気持ちを、記しておきたい。

 

まず、私の所属について明らかにするところから始めよう。私は、東京大学工学部都市工学科都市計画コースに所属している。本来であれば春から4年生になっていたのだが、この度留年して再度3年生向けの授業を受けることになった。

なぜ留年したか。原因は色々あるが、特に大きかったのは、設計演習にモチベーションを見出せなかったこと、学科の雰囲気に馴染めなかったことだろう。私の専攻のカリキュラムでは、演習が重要なウェイトを占める。演習で課される内容はその時々によって異なるが、2年生の冬学期および3年生の夏学期には設計の課題が与えられる。これがなかなか大変だった。元々地方の過疎化問題などに関心があって都市工学科を選択した私は、空間を設計することに気持ちをアジャストすることができなかった。

それから、他の学生と上手く関係を築けなかったことは、私の精神を徐々に削った。高校生時代や前期教養時代は、大体一人で勉強していれば何とかなっていたのだが、後期課程ではそのやり方は通用しなかった。通常の授業では理解がさっぱりになり、演習においては他の学生が共有する有益な情報を受け取れないためにだんだんと遅れを取った。また学生には演習室という作業場が与えられるのだが、そこの雑然とした雰囲気が苦痛で仕方がなく、自然と足が遠のいた。当然、その分作業は停滞した。また、ひどい憂鬱と疲労感から通常の講義に出ることも億劫になった。そしてまた遅れを取り、負の感情が増大する。悪循環に陥っていた。

そして迎えた春。コロナ禍で外出自粛が求めらるようになり、既にひどい状態だった身体と心はさらに狂っていった。「Zoom」だの「新しい生活様式」だの、そんなことをいきなり言われて器用に適応することなんてできなかった。昼夜が逆転して授業には出られず、演習の内容には付いていけない。また助け合うことのできる友達もいない。さらに実家から祖父の容態が良くないという連絡が入った。そんな中で就職活動(何をしたいかもよく分からなかった)と並行して勉強をこなすのはとても不可能だった。六月の半ばごろだったか、いよいよ精神が限界を迎えた。演習からも講義からも逃げ出した。

七月末。実家に帰省していた。ひどく混乱した状態だったのだが、何だかよく分からないまま設計演習に再び手を付けることになった。無理があったと思う。夏休みを毎日CADの作業に捧げているはずなのに、全然手が進まない。本来予定されていたインターンシップを当日にドタキャンしても、それでも進まない。何が何だか分からないまま秋を迎え、設計が未完のまま私は再び東京にやって来た。先生は、とりあえず設計は放置して冬学期の授業を受ければよい、と言う。わけがわけらなかった。全てが無理になって、授業に出ることを諦めた。ときどき自分とは何なのかを考えたりして、ぼんやりと過ごした。

一月。もう一度頑張ることになった。ひどく頭が混乱している中、とにかくあがこうと思った。少しでも都市に関する本を読み、少しでも都市に関することを考えるようにした。その中で、ほんの少しの希望が見えてきた。ダメな自分であるからこそできることをやりたいと思った。思えるようになった。また、コロナ禍で外出の機会が減ったことは都市空間について考える契機になってくれた。

これから、昨年は挫折した設計演習に取り組むことになる。不安は尽きないが、ずっと悩んでいた中で見つけた一つの指針を信じようと思う。それは「誠実さ」。設計においても、勉強一般においても、人間関係においても、それから毎日のすべてにおいても。誠実でありたい。それが、今の自分にとって確かに信じられる目標だ。幸いなことに、都市工学科のカリキュラムの内容、および、都市やまちに関する仕事は、誠実に取り組む価値がある。いや、価値があると私は信じている。大学を出てどうしたいかはまだ分からないが、とにかく今は都市のことをもっとよく勉強したい。学部を卒業した後は、大学院に進学するつもりだ。就職先はゆっくり探せばいい。もしかしたらアカデミアの道もあるのかもしれない。とにかく今は、勉学に対して誠実さをぶつければいい。それが、今の自分の答えだ。

 

実のところ、こんなことをありありと書いていることが少し恥ずかしい。本当は、飄々と黙ってこなせればいいんだけど。そんな器用なマネは今の自分にはできないので、「誠実でありたい」なんて当たり前のことを、さも立派なことを宣言しているように述べ立ててしまう。でもたぶんそれで良いんだよね。