2021-06-29 真冬のダンス

設計演習、ミニ発表終了。最近はこれにかかりっきりだったので、肉体的にも精神的にも少し疲れた。その代わり、作業の進捗としてはかなりのモノが得られていて、そのことは素直に嬉しく思う。また、自身の能力としても、空間に対する認識の解像度が少しは向上している、気がしなくもない。

それはそれとして、発表後の質疑の場では教員からの鋭い指摘が飛んでくる。これが怖い。強い態度で詰められると、こちらも心の自衛のために「闘う」態度で応答せざるを得なくなる。向こうの方からしたら小生意気で救いようもないヤツに見えているかもしれないが、こっちはこっちで必死なのだ。というか、自分より上の立場の人に詰められるのは精神に悪いから、もうほんと勘弁してほしい(僕も他人を勘弁しなきゃ)。

 

設計のテーマとしては、時代性の中から人間同士の「つながり」を再考し、また、選択的な形および非選択的な形でそれを実現する都市空間の提案を目指している。

という具合で、昨日夜から朝にかけて自宅で作業をしているとき、BGMとしてアジカンの『ファンクラブ』を流していたら、そのテーマをまさにズバリ述べているような歌詞が耳に入って来て驚いた。下に示したその詩には、僕らの世代が背負っている悲哀がよく表現されている。このバンドは、時代性を自覚してそれを音楽や詩のテーマに落とし込むのが上手なんだな、と感心する。

真冬のダンス 悲しみのステップ
希望もない そんな僕らの
繋がらない だけどいつかは
つながりたい そんな心で

ASIAN KUNG-FU GENERATION「真冬のダンス」)