in a room

今夜も彼はやって来る。
私には抵抗する手段なんてない。できるのは、ただわずかに恐怖することだけ。なぜ恐怖するのかは分からない。どうせ逃げられっこないのに。

 

彼は私の全てを支配している。ありふれた「自由」なんて、私にはない。
昼。私はこの部屋から出ることができない。外からカギを掛けられているからだ。この部屋の中にあるのは、トイレとベッドと、餓死しないための水と食べ物の入った冷蔵庫と、最低限頭を動かすための本やDVD、それとテレビである。もちろん、インターネットにアクセスできるものなんてない。私が外に助けを求めるのを防ぐためだ。
でも、私はこの部屋の中で、ほんのわずかではあるけど、自分の行動を自分で決定することができる。いつどれだけの水を飲むか。飲むにしても、一気飲みするのか、少しずつ飲むのか。あるいは、テレビを見るのか、本を読むのか。本を読むにしても、どの本を読むのか。私はこうしたことを自分で決めることができる。それが、私に与えられたわずかな「自由」である。
夜。彼が帰ってくる。そして、私はそのわずかな「自由」さえ奪われる。彼は、私を蹂躙する。その間、私は自分の意識すら失っている。私が眠る代わり、彼が私の身体を自由に操る。私は自分が何をされているのか認識することすらできない。気が付けば朝になっていて、彼はもう既にいなくなっている。
彼はいつも、私が眠っている間に、私の身体を洗い、服を着替えさせている。目覚めるたびに、私は自分の衣服を見つめ触って、自分の変化を確かめる。そしてすぐ、夜通しで稼働していた私の身体が眠気を訴えだす。そのまま私は眠る。これが私の毎日だ。
自分で命を絶つことはできない。彼の一部がずっと私の中にいて、私の行動を抑圧しているからである。私が自傷行為を働こうとしても、私の中の彼に行動をストップさせられる。いや、そもそもそんな行為に及ぶことすらできない。身体だけでなく、思考すらもその核心においては彼の支配下にあるのだ。

 

また彼がやって来る。私はわずかに恐怖する。彼の支配の中でも、恐怖を覚えることはできるみたいだ。
どうせこの状況を逃げ出せるわけもないのに、なぜ私は恐怖するんだろう? もはや半分私のものではなくなった頭を使って、その意味をぼんやり考えていた。